台湾

台湾人「日本を恨む理由なんてない」

先日の台湾の旅で、228記念館に行ってきました。

226ではなく228

日本では226事件が有名ですが、台湾では228事件が大きな禍根を残したたため、記念館をはじめ慰霊碑も各地に建っています。
日清戦争の勝利後、下関条約を結んで1895年から1945年の敗戦までの期間、日本は台湾を統治していました。

戦後日本が去り、代わりにやってきたのが蒋介石率いる国民党です。
台湾では、ずっと台湾にいた人を「本省人」、国民党など戦後やってきた人たちを「外省人」と言って区別します。
当初は国民党を歓迎する台湾人も多かったそうですが、日本人に比べてあまりにみすぼらしい国民党をみたり、賄賂文化など腐敗した実態と接し、次第に反感が強まっていきます。

「犬が去って豚が来た」
台湾にはこういった言葉があります。
つまり犬(日本)はうるさいこともあるけど、番犬として役に立つ。
しかし豚(国民党)は食べるばかりで役に立たないとの意味です。

あまりにひどい国民党の統治が続き、民衆の反感はピークに達しました…そして。

ついに衝突…40年もの戒厳令へ

1947年2月27日、闇タバコを売っていた二児の母に対し、取締官が暴行をはたらきます。
当時は国民党の不正がはびこり、物価は上がり物資が不足した状態で、生きるために闇タバコを得ることがありました。
これに民衆が抗議し、一人が射殺されてしまいます。

翌28日、抗議のため大規模なデモ活動へと発展しました。
この流れは全国に普及していきます。

国民党はデモを弾圧し、非武装の民衆に機関銃を向け打ちまくります。
この当時、外省人は日本語を喋ることができませんから、本省人は日本語を喋ることができるかどうかで違いを判断したと言います。
日本語がわからなくても、君が代は誰でも知っています。
君が代が合言葉だったのです。

知識人は当然の事、多くの台湾人が殺され、その被害は数千とも数万とも言われています。
戒厳令は約40年間続き、言論の自由もありませんでした。
台湾が民主化へ動くのは、やはり李登輝総統時代になってからです。

台湾人「日本を恨む理由なんてない」

今回228記念館で解説をしてくれたのは、日本語世代であるチョウさんでした。
昭和6年生まれで、現在はボランティアで解説をしていると言います。

ここで面白い話を聞きました。
冒頭の動画の4分37秒くらいからの部分ですが、チョウさんは韓国人に言われるそうです。
「なぜあなた方は日本を恨まないのか?」と。
そこでチョウさんが言ったのは「恨む理由がないから恨みません」ということです。

韓国はいつまでの謝罪だ賠償だと、条約や合意をしても日本をつついてきますが、台湾はそんなことありません。
似たような境遇でありながらこの違い…。

うーん。やはり友好関係を結ぶなら台湾だな。
ちなみに228平和公園のすぐ近くに台湾総督府、現在の総統府があります。

今も補修して使っています。
とても綺麗な建物です。

この日もとても暑かったです。
わんちゃんも暑そうにしていました。
それにしても大きい犬だな。

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