台湾

台湾でも行われていた反日教育、それでも台湾人が反日に染まらなかった理由とは?

深夜の台南で良い出会い

台湾レポートシリーズ。
今回は偶然的に起こった出会いの話です。

台南で今回2泊しましたが、1日目の夜は大東夜市に行ってアボカドジュースを飲み、ステッカーなどを買ってホテルに戻りました。
夜市と言っても、お酒は全然売っていません。
飲み足りない僕は、ホテル近くのコンビニでビールを購入して戻りました。

そしてホテルのロビーで数人と話をしながら飲んでいたわけです。
しばらくすると、参加者の一人が帰ってきました。

その人を仮にAさんとしておきます。
Aさんはロビーにいた僕らに手招きをしていたので、外に出て写真を撮りました。
同行していたのは台湾人の友人だと言います。
この方を仮にBさんとしておきます。

こうやって台湾で会うくらいですから、もう長い友人なのかと聞いてみると、まだ二回目だそうです。
しかも知り合ったのはSNS!
一回目にあったのは、Aさんが台湾滞在中、台風で足止めを食っていた時。
その時に親切にもいろいろ手助けしてくれたのがBさんでした。

なぜそこまで親切なのか?
アニメや漫画の影響で日本が好きになったのかと思えば、まったく違いました。

祖父母の影響で親日に

Bさんは日本語ペラペラです。
独学で勉強したと話していましたが、とても流暢でした。

彼が日本に好意を持った理由。
それは祖父母の影響だったといいます。

Bさんの祖父母は大正生まれで農家を営んでいました。
そして孫のBさんに「日本への感謝を忘れてはいけない」と話していたそうです。
八田與一先生という名前も出てきました。
詳しくは動画で見ていただきたいのですが、八田技師は日本より台湾で有名な偉人です。

彼が中心となって嘉南大圳(かなんたいしゅう)という大規模な水利事業が実行されました。

1920年から1930年までの10年間をかけて、中心となる烏山頭ダム(うさんとうだむ)を作り、地球半周分もの水路を引き、不毛の大地を緑豊かな穀倉地帯へと変えたのです。
こうした点を台湾の方が評価してくださっているようで、現在も八田氏は多くの尊敬を集めています。

工事途中には事故もあり、134名がなくなっています。
殉工碑がダムの傍にありますが、八田氏の提案で日台の差別なくなくなった順番に名前が記されています。

反日教育とのギャップに苦しむ

日本の敗戦後、台湾には中国国民党がやってきますが、彼らは自分たちの正当性を主張しつつ、反日教育を行いました。
学校では反日教育なのに、家では祖父母らが「日本時代はよかった」という。
こうしたギャップにBさんは苦しんだといいます。

もちろん反日に流されてしまった人もいますが、台湾が完全に反日に流れなかったのは、日本時代を知る人たちの功績でしょう。
本当に今回の出会いにしても日台の先人たちに感謝したいと思います。

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